ま え が き

 工業先進国の人々は、確かに”家畜化”していると思います。大型化、肥満化、長寿化、虚弱化、そして子育てのまずさなどは、どれもば家畜にだけ見られる現象なのです。そして、今日私たちが持っている健康に関する知識のほとんどは、この家畜化した人間から得られたものなのです。こんことの危機性には、十分注意すべきだと思います。

 たとえば、いわゆる”正常値”の多くは、ある集団の平均値を頼りに定められています。しかし、いわばブロイラー化工業先進国の集団から得られた平均値が、ほんとうに、健康的な人間の姿を代表するものであるといえるでしょうか、はなはだ疑問だと思うのです。

 そして、本当に健康的な人間の姿を知るためには、歴史的な見方をする必要があると思うのです。数百万年にわたる人類の進化や生活の歴史などを、改めて見直すべきだと思うのです。このような考えから、私たちは進化論的比較論的立場に立って、健康にかかわる問題を考えようとしました。

 詳しくは本文で述べますが、このような立場に立って研究を進め、また、他の研究者の研究に注目してみますと、いわゆる常識とは矛盾する事実がつぎつぎと明らかにされてきたのです。本書では、これらの事実に注目したうえで、大胆な仮説を考えてみたいと思っています。

 それは、これまでの「健康学」に、大切な視点が欠けていたと思うからなのです。そして、進化論的比較論的アプローチによって考えられた仮説を示すことは、「健康学」を発展させるためのインパクトになりうるだろうと思うのです。

 今日的な健康問題を基本的に解決するために、現在の学問体系は決して好ましいものではありません。脳血管疾患や虚血性心疾患などの退行性疾患は、栄養や運動との関係が深いものです。にもかかわらず、ほとんどの医学部で行われている教育には、栄養と運動が欠落しているのです。また、家政学部などの栄養に関する教育を行う場で、運動のことが問題にされることはほとんどないのです。人間の栄養に関する研究を行う人材の養成さえ、はなはだ不十分にしか行われていないのです。そして、体育学部などの運動に関する教育を行う機関には、栄養についての教育を行えるスタッフがほとんどいないのです。

 もちろん、進化論的比較論的立場から健康を考えようとする人材など、よほどの偶然でもないかぎり、どこからも生まれてこないのです。本書がもし、健康に関心を持つ人々の心にとまり、新たな「健康学」を志すためのきっかけとなり、また、あらたな「健康学」を支える人材の必要性を考えていただくきっかけとなれば、本当に幸いだと思います。

 ところで、本書を出版するまでには、実に大勢の方々のご協力やご援助を賜りました。とくに、10年以上にわたって共同研究を行ってきた久留米大学の増田卓二先生と吉永 浩先生、福岡工業大学の安永 誠先生と千綿俊機先生、新進気鋭の共同研究者である福岡工業大学の大坂哲郎先生と九州大学の大垣哲朗先生、そして、ここ数年間助手代わりとなって研究を支えて倉田研究生の若菜智香子君、これらの方々はある意味では本書の共同著者であると言えると思います。また、出版に際しては、朝倉書店編集部の方々にご助力をいただきました。

 これらの方々に対し、心から感謝申し上げたいと思います。

1982年3月
今野 道勝