研究テーマ設定の背景
高校生の頃、先天的な脊髄の病気で障害のある友人がいました。修学旅行 の一番の楽しみともいえるグループでの自由行動で、私は彼女と一緒の班に なりました。班のメンバーで何度も話し合って、彼女と一緒に行動できるよう に計画をたてていたのですが、結果的に学校として安全に責任が持てないと いうことで、彼女だけが親御さんと別行動を余儀なくされました。学校側の 判断に納得ができず職員室まで乗り込み、先生たちとケンカまでしました。 その後、大学で受けた講義で、「障害を負うとできないことに目が向いてしま うけれど、その人の残された機能で何ができるのかを考えていくことが大 切」ということを学び、修学旅行の一件も、先生たちが彼女のできることに目 を向けていたら、違う答えになっていたのではないかと感じました。ここが私 の研究の原点であり、試行錯誤を重ねながら現在に至っています。
研究手法
心の変化のプロセスや、その背景となる体験を踏まえて研究をしていま す。実際のフィールドで出会う人々のものの見方や行為はさまざまであり、そ の背後には多様な主観的立場と社会的背景があるので、これらの視点の多様 性を考慮する必要があります。ですので、質的アプローチを用いて、包括的に 現象を捉えるように工夫しています。
調査対象や調査地についての解説
現在は、日本パラリンピック委員会や日本障がい者スポーツ協会と連携を 図りながら、研究を行うことが多いです。実践研究においては、パラリンピッ ク開催地や全国各地で開催される合宿地へも赴きます。
分析のためのソフトウェアやツール
質的アプローチを用いた研究を行っているため、ソフトウェアやツールは 使用しません。
研究生活で最もわくわくしたこと、逆に最も落ち込んだこと
大学院生の頃、障害のある方を対象にして質問紙調査を行いましたが、「す べての点で自分に満足しているか」「身体的外見に満足しているか」といった 内容の質問紙は、対象者の方に不快な思いをさせる結果となりました。「こん なことを質問されるのは不愉快」といったコメントが、質問紙の中に書き込ま れていました。誰かのために役に立てる研究をしたいと思ってきたはずが、自 分の研究で誰かを傷つけてしまうのであれば、私の研究はいったい誰のため のものなのか、論文を書くための研究になっているのではないかと思い悩む 日が続きました。そして、たどり着いた答えは、「対象者に寄り添った研究」の あり方を模索し続けるということでした。今ではこの経験が大きな財産とな り、目の前にいる対象者にしっかりと目を向け、自分の研究者としてのあり方 を問い続けながら、新しい知見や成果を提示する努力を怠らないことを心に 留めて研究しています。そして、それをし続けている限り、ずっとわくわくし ていると思います。
研究生活で出会った印象的な人物やエピソード
下記に記した障がい者スポーツセンターで指 導員をしていたときのことですが、進行性の障害 のため歩くことが困難になった男性と出会いま した。その方は、もう一度歩くことを希望してお られましたが、医師からは100%無理と言われた と涙を流されました。いくつかの文献や本を読 み、また自分の研究成果も応用しながらサポート を展開した結果、歩行バーを使ってではありまし たが、その方はもう一度歩くことができました。 その方の笑顔を見られたことがうれしく、また研 究の成果が現場に還元される喜びも知りました。
大学院生へのメッセージ
つねにアンテナを張り巡らせ、フットワークを軽くして行動していってください。やる前・知る前から「必要ない」と 決めつけるのではなく、多様な人、もの、価値観と出会い、研究者として、そして人間としての視野を広げていきま しょう。
大学院生の時何をしていたか
学費と生活費を自分で払っていましたので、とにかく生活が大変でした。生活費のために時給の良いアルバイトを 探すことも考えましたが、「現場を知らない研究は、机上の空論にすぎない」という思いから、障がい者スポーツセン ターでのスポーツ指導員のアルバイトを選びました。そこでの経験は、いまの私の研究者としてのスタンスだけでな く、人としての生き方にも多大な影響を与えました。指導員の方々および利用者の方々には、いまでも深く感謝して います。
学際連携についての思い
分野が違えば、研究手法、着眼点、考察スタイルなど実にさまざまだと思います。そのような研究者同士が協働して いくために、その多様性を受け入れ、それを成熟させていくプロセスの共有が大切だと思っています。
今後の研究・実践活動について
今後も国内・国外の関係機関と連携を図りながら、パラスポーツを通した共生社会の成熟に寄与できるような研 究に取り組んでいきたいと思っています
おすすめの文献
○「勇気づけの?理学 増補・改訂版」、岩井俊 憲、金子書房


活動概要
①中途身体障害者における運動・スポーツを通した自己変容プロセスに関する研究  事故や病気のために身体機能や身体部位を喪失することは,生活上の急激な変化や様々な喪失感,社会的存在の変化をもたらす経験であり,障害と共に生きる人々の生き方への支援が重要な課題となっている.そこで,運動・スポーツを通した自己変容プロセスの解明と心理的支援のあり方について研究を行っている.

② パラアスリートを対象とした心理サポートの実践研究
 近年,競技パフォーマンスの発揮において,技術や体力だけでなく心理的側面の重要性に目が向けられ,心理サポートのニーズが高まっている.量的アプローチと質的アプローチを融合させながら,現場でのサポート実践と研究活動に取り組んでいる.

③ パラアスリートのスポーツキャリアの段階に応じた心理・社会的課題と支援方略に関する研究  スポーツキャリア初期におけるアスリートとしてのアイデンティティの獲得や,中期以降における多面的な自己成長の促進は,充実したスポーツキャリアを送るために重要である.パラアスリートにおけるスポーツキャリア全体を通した心理・社会的支援に関するエビデンスの蓄積は急務とされており,スポーツキャリアの段階に応じた心理・社会的課題や支援方略のあり方について研究を行っている.

④ エリート・パラスポーツの功罪の検討―パラスポーツを通した共生社会の成熟に向けて  近年,パラスポーツのポジティブな意義と同時に存在する「エリート・パラスポーツの功罪」が論じられるようになり,その解決に向けた研究が急務である.そこで,「障害のない身体」を有する者 (健常者),「障害のある身体」を有する者 (スポーツに従事しない障害者),および「スポーツを行う身体」と「障害のある身体」の両方を有する者 (パラアスリート) の3者の視点から「エリート・パラスポーツの功罪」を明らかにし,その解決に向けた心理・社会的支援方略の確立を目指している.

⑤ メンタルヘルスおよび社会的スキルの向上を意図した授業介入研究  大学生のメンタルヘルス不適応の予防・教育的介入方法の開発に向けて,その基礎となる理論モデルの構築と介入実践を行った.メンタルヘルスの維持・改善に有効とされる社会的スキルは,学習により習得や変容が可能であり,予防・教育的介入のターゲットとして適切な要因とされる.この社会的スキルを醸成するような体育授業のあり方を研究してきた.